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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)276号 判決

大分県別府市照波園町6番13号

原告

有限会社サンレイ

同代表者代表取締役

鈴木正徳

同訴訟代理人弁護士

永野周志

福岡県浮羽郡田主丸町大字中尾1143番地

被告

ナカムラ産業株式会社

同代表者代表取締役

中村仁

同訴訟代理人弁理士

梶原克彦

主文

特許庁が平成6年審判第5979号事件について平成7年10月23日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、考案の名称を「墓前用石造ローソク立て」とする登録第2009019号実用新案(実願昭62-31658号。昭和62年3月4日出願。以下「本件実用新案」といい、その考案を「本件考案」という。)の実用新案登録権者である。

被告は、平成6年4月8日、本件実用新案につき、登録無効の審判請求をし、特許庁は、この請求を平成6年第5979号事件として審理した結果、平成7年10月23日、「登録第2009019号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年11月2日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

「通気孔部を略中央部に有する笠部と、

内部が中空状に形成された胴部と、

前記胴部に連設された台座部と、

前記胴部の側面に形成された中空部に連通する開口部と、

前記開口部に覆設される着脱自在のカバー部と、

前記開口部周囲の胴部と前記カバー部との間隙で形成される空気流入部と、

を備えたことを特徴とする墓前用石造ローソク立て。」(別紙図面第4図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  請求人(被告)の主張は、次のとおりである。

〈1〉 本件考案は、願書に添付した明細書及び図面(甲第8号証。本訴における書証番号.以下、同じ。以下「本件当初明細書」という。)について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものであるから、手続補正書提出の日まで出願日が繰り下がる結果、甲第7号証で明らかなように出願前に既に公知公用となっており、実用新案法3条1項1号、2号に該当するので、本件登録は、無効とすべきものである。

〈2〉 本件考案は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物(甲第1号証の2ないし第6号証。)に記載された考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないものであるから、本件登録は、無効とすべきものである。

そして、請求人(被告)は、以下の証拠方法を提出している。

甲第1号証の2 実開昭61-18083号公報

(マイクロフィルムを提示)

甲第2号証 実公昭51-10958号公報

甲第3号証 実開昭57-155612号公報

(マイクロフィルムを提示)

甲第4号証 実開昭60-162658号公報

(マイクロフィルムを提示)

甲第5号証 実開昭61-161358号公報

(マイクロフィルムを提示)

甲第6号証 実開昭52-109098号公報

(マイクロフィルムを提示)

甲第7号証 福岡地方裁判所久留米支部で申し立てられた、平成6年(ヨ)第11号仮処分命令申立事件の準備書面(仮処分申立書の意味であると解する。)

甲第8号証 実開昭63-138369号公報の出願当初明細書及び図面(本件当初明細書)

(3)〈1〉  甲第2号証には、その実用新案登録請求の範囲に、「平面方形の基台の四隅に枠を植設し、上記枠には透明板により前後左右面を張設し、上記後面の下方には開口部を形成し、上記開口部には開閉自在の蓋を設け、上記前後左右面の上端面には有孔の仕切板を張設し、上記仕切板の四辺には有孔の板体を素材として側板を張設し、上記側板の上面には天板が張設され、上記基台の上面にはローソク支持台と線香支持台を植設し、上記仕切板と天板における上記ローソク支持台の直上位置には、外部に連通する筒体を連通せしめ、上記筒体の上面には脱着自在のキャップを嵌合せしめたことを特徴とする霊園灯。」と記載され、「1A、1B、1Cは上記枠を利用して張設されているガラスなどによる透明な前、後、左右面である。」(1欄34行ないし36行)、「ローソクや線香は上記仕切板、側板などが小孔を通じて外気と連通しているから正常な状態でもえると共に香りは外気へ流れる。」(2欄21行ないし24行)、「ローソクや線香の消え残などで、お墓を汚すこともない」(2欄32行、33行)との記載がある。

〈2〉  甲第5号証には、石製の墓石用ローソク立が記載されている。

(4)  本件考案と甲第2号証に記載された考案とを対比して検討すると、

甲第2号証 本件考案

基台 台座部

四隅の枠と前後左右面 内部が中空状に形成され

の透明板 た胴部

蓋 カバー部

仕切板と側板と天板 笠部

筒体 通気孔部

霊園灯 墓前用ローソク立て

にそれぞれ相当するから、両者は、通気孔部を有する笠部と、内部が中空状に形成された胴部と、前記胴部に連設された台座部と、前記胴部の側面に形成された中空部に連通する開口部と、前記開口部に覆設されるカバー部と、を備えた墓前用ローソク立て、の点で一致するが、以下の点で相違する。

相違点イ.本件考案においては、通気孔部を笠部の略中央部に設けたのに対し、甲第2号証記載の考案は、通気孔部を笠部におけるローソク支持台の直上位置である中央より片寄った位置に設けた点。

相違点ロ.本件考案においては、カバー部を開口部に対して着脱自在に構成したのに対して、甲第2号証記載の考案は、カバー部を開口部に対して開閉自在とした点。

相違点ハ.本件考案は、開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される空気流入部を備えたのに対して、甲第2号証には、このような空気流入部に関しては何ら記載されていない点。

相違点ニ.本件考案は、石造の墓前用ローソク立てであるのに対して、甲第2号証記載の考案は、枠とガラスなどの透明板等から作られ、石造ではない点。

(5)  上記相違点について検討する。

〈1〉 相違点イの通気孔部については、甲第2号証記載の考案は、台座部上にローソク支持台と線香支持台を並設しており、すなわち、ローソク支持台は台座部の中央より片寄って位置しており、その直上に通気孔部を設けたため、通気孔部は、笠部の中央より片寄って位置しているのである。本件考案は、「ローソクの炎が、笠部の通気孔部とカバー部と開口部との隙間等のドラフト効果により完全燃焼し、壁内や笠部にススが付くことがなく、又、付いても極めて少なく容易に拭い取ることができる。又、ドラフト効果により、ローソクの外炎の熱気を速やかに系外に排出することができ胴部や笠部を熱することもなくまた熱歪を生じさせることもない。」(平成4年10月5日付け手続補正書8頁12行なしい19行)及び「通気孔部は、笠部の頂部に設けるのが望ましいが、笠部の形状等によっては、ローソクの炎の上昇気流を妨げないところであればその部位に設けてもよい。」(同6頁4行ないし7行)の記載からみて、ローソクが台座部の略中央部に位置するため、通気孔部を笠部の略中央部に設けたのであり、両者とも、通気孔部をローソクの直上位置に設けるという意味では一致しており、この相違点に格別の意味は認められない。

〈2〉 相違点ロについては、カバー部を開口部に対して着脱自在とするか、開閉自在とするかは、開口部の閉鎖部材の取付方法として何れもごく普通に行われる方法であり、この点は単なる設計変更にすぎず、本件考案のようにカバー部を着脱自在とすることは、当業者であれば適宜なし得ることと認める。

〈3〉 相違点ハについては、甲第2号証には開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される空気流入部について、直接の記載はないが、甲第2号証に記載の霊園灯は、ローソクが正常な状態で、しかも、消え残が残ることなく最後までもえるものであることからして、ローソクが燃えるためには、仕切板と天板とに設け外部に連通する筒体から、および各面1A、1B、1Cの上端面に張設した仕切板、側板に群設した多数の小孔からの空気の流入のみならず、技術常識からして、一般にこのような墓前用ローソク立ては、厳密な寸法精度が要求されるものではなく、甲第2号証に記載のものも、開口部周囲の胴部と開口部に設けた開閉自在のカバー部との間に間隙があり、その間隙が空気の流入部となって空気が流入し、ローソクが燃えつづけるものと認められる。この点からみても甲第2号証に記載のものも開口部周囲の胴部と開口部に設けた開閉自在のカバー部との間に空気流入部があるものと認められる。

〈4〉 相違点ニについては、墓前用ローソク立てを石造とすることは、甲第5号証にも記載されているように、本件考案の出願時において公知であるので、このようにすることは、当業者が適宜きわめて容易になしえることと認める。

〈5〉 したがって、本件考案は、甲第2号証及び甲第5号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

(6)  なお、請求人の主張〈1〉(前記(2))については、請求人(被告)は、本件考案の「開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される空気導入部」は、本件当初明細書には記載されていないので、本件考案は、手続補正書提出の日まで出願日が繰り下がる結果、甲第7号証で明らかなように出願日に既に公知公用となっていおり、実用新案法3条1項1号、2号に該当する旨主張するが、上記(5)で相違点ハについて甲第2号証に関して述べたことがそのまま本件考案にもあてはまるので、前記構成は本件当初明細書に記載されていたものと認められる。したがって、甲第7号証について検討するまでもなく、前記主張を採用することはできない。

(7)  以上のとおりであるので、本件考案の実用新案登録は、実用新案法3条2項の規定に違反してなされたものであり、同法37条1項2号に該当し、無効とすべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。

同(4)のうち、甲第2号証に記載された考案の「仕切板」と「側板」と「天板」は、本件考案の「笠部」に相当すること、並びに、両者は、「通気孔部を有する笠部」の点で一致することは争い、その余は認める。

同(5)のうち、〈1〉は認める。〈2〉は争う。〈3〉のうち、甲第2号証には開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される空気流入部について、直接の記載はないこと、技術常識からして、一般にこのような墓前用ローソク立ては、厳密な寸法精度が要求されるものではないことは認め、その余は争う。〈4〉は認める。〈5〉は争う。

同(6)のうち、上記(5)で相違点ハについて甲第2号証に関して述べたことがそのまま本件考案にもあてはまるとの点は争い、その余は認める。

同(7)は争う。

審決は、引用例の記載事項の認定を誤ったため、一致点の認定を誤り、かつ、相違点についての判断を誤り、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。なお、審決の要旨変更の点についての判断に誤りはない。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、甲第2号証に記載された考案の「仕切板」と「側板」と「天板」は、本件考案の「笠部」に相当し、両者は、「通気孔部を有する笠部」の点で一致すると認定するが、誤りである。

甲第2号証に記載された考案の空気流入部は、空気室を形成する仕切板、有孔の側板、天板のうち仕切板と側板とにそれぞれ群設された多数の小孔である。

これに対し、本件考案の笠部には、甲第2号証に記載された考案の空気流入部である仕切板及び側板に群設された多数の小孔に対応する空気流入部はなく、ローソクの対流熱を放出する通気孔部が形成されているだけである。

また、甲第2号証に記載された考案は、燃焼室の天井面を形成する仕切板に多数の小孔が群設されていることにより、仕切板の当該有孔と側板の有孔とは、燃焼室に発生した燃焼ガスの流出部となる。とりわけ、甲第2号証に記載された考案の筒体の上端がキャップで覆われているときは、仕切板の当該有孔と側板の有孔だけが燃焼ガスの流出部となる。つまり、甲第2号証に記載された考案の仕切板及び側板に群設された多数の小孔は、空気流入部であるだけでなく、燃焼ガスの流出部でもある。

これに対し、本件考案は、燃焼室の天井面を形成する有孔の仕切板を有しないし、笠部における通気孔部は燃焼ガスの流出部だけであって空気流入部ではない。

燃焼室内でローソク等が燃焼したときは、熱対流によって燃焼室内は上昇気流に満たされるとともに、ローソクの燃焼によって生じた熱の大半は熱対流によって燃焼室の上方に伝達される。甲第2号証に記載された考案においては、燃焼室の天井面は仕切板で覆設されているから、たとえ多数の小孔が仕切板に群設されていたとしても、燃焼室内に発生した熱対流や上昇気流は、仕切板に到達した後は、仕切板の板部分に沿って水平方向に移動し、燃焼室の天井面に沿って燃焼室の天井面全体に広がる。そのため、燃焼用空気の燃焼室内への沈下、流入は、かかる熱対流や上昇気流に妨げられ、ローソクを燃焼させるに足るだけの十分な量が流入しない。また、燃焼室内に発生した燃焼ガスも、仕切板及び側板に群設された多数の小孔を通じて燃焼室内に沈下して流入してくる燃焼用空気に妨げられ、外部に十分流出し得ないし、そのため燃焼室内に発生した熱がこもりやすい。

これに対し、本件考案は、「開口部周囲の胴部とカバー部との間隙」を空気流入部とし、笠部における通気孔部を燃焼ガスの流出部とし、ドラフト効果を用いて、燃焼用空気を自律的にかつ過不足なく吸入するとともに、燃焼ガスを排出するものである。

(2)  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

〈1〉 相違点ハについての判断の誤り

審決は、「甲第2号証に記載の霊園灯は、ローソクが正常な状態で、しかも、消え残が残ることなく最後までもえるものであることからして、ローソクが燃えるためには、仕切板と天板とに設け外部に連通する筒体から、および各面1A、1B、1Cの上端面に張設した仕切板、側板に群設した多数の小孔からの空気の流入のみならず」、「甲第2号証に記載のものも、開口部周囲の胴部と開口部に設けた開閉自在のカバー部との間に間隙があり、その間隙が空気の流入部となって空気が流入し、ローソクが燃えつづけるものと認められる。この点からみても甲第2号証に記載のものも開口部周囲の胴部と開口部に設けた開閉自在のカバー部との間に空気流入部があるものと認められる。」と判断するが、誤りである。

甲第2号証明細書には、「上記蓋1B”を開いて点火したローソク、線香をそれぞれの支持台に植設して、蓋をしめる。ローソクや線香は上記仕切板、側板などが小孔を通じて外気と連通しているから正常な状態でもえると共に香りは外気に流れる。四方が透明な前後左右面で形成されているからローソクの光や線香は外部からも見える。しかし、上記ローソクや線香の周囲、前後左右面でかこまれているから風が吹いてもこれにより、しゃ断され線香の燃え上りを防止しローソクが吹き消されることはない。」(2欄20行ないし29行)と記載されている。この記載によれば、甲第2号証に記載された考案における開閉自在の蓋1B”は、前後左右面の透明板とともに、燃焼室への空気の流入を「しゃ断」しようとするものである。

したがって、「一般にこのような墓前用ローソク立ては、厳密な寸法精度が要求されるものではな」いとしても、甲第2号証に記載された考案は、「開口部周囲の胴部と開口部に設けた開閉自在のカバー部との間」に空気流入部としての間隙を当然有するものではない。

〈2〉 相違点ロについての判断の誤り

審決は、「カバー部を開口部に対して着脱自在とするか、開閉自在とするかは、開口部の閉鎖部材の取付方法として何れもごく普通に行われる方法であり、この点は単なる設計変更にすぎず、本件考案のようにカバー部を着脱自在とすることは、当業者であれば適宜なし得ることと認める」と判断するが、誤りである。

本件考案は、(a)ローソクを吹き消す風の侵入を防止するのと同時に、(b)墓前用灯籠内のローソクを効率的に燃焼させるという相互に対立する関係にある2つの目的を開口部を覆うカバー部の取付け方法を「着脱自在」とすることにより一挙に解決したものであって、カバー部を着脱自在とすることは適宜なし得ることではない。

すなわち、閉鎖系空間内で物を燃焼させるためには燃焼用空気の流入部が閉鎖系空間に用いられるべきことは、周知の事実である。本件考案では、「開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される空気流入部」以外には、燃焼用空気の流入部は存在しない。本件考案の胴部の側面に形成された中空部に連通する開口部が着脱自在のカバーで覆われていなかったとすれば、胴部の中空部は当該中空部に連通する開口部によって開放されているため、当該開口部から燃焼用空気が胴部の中空部に流入するだけでなく、ローソクを吹き消す風も侵入する。本件考案は、(a)ローソクを吹き消す風の侵入を防止するのと同時に、(b)墓前用灯籠内のローソクを効率的に燃焼させることを目的とするものである。本件考案は、上記2つの目的をカバー部の取付け方法を「着脱自在」とすることによって実現するものである。実施例に即していえば、「カバー部42の係止片421をカバー係止部43に係止させ開口部41を覆設」(甲第11号証7欄13行ないし15行)することによってカバー部が取り付けられ、カバー部の取付け方法をこのような係止方法とすることによってカバー部は開口部に対して「着脱自在」に設けられ、開口部はカバー部でハング・オーバー状態で覆われることになるとともに、「開口部周囲の胴部とカバー部との間隙」が形成される。また、カバー部は係止部43に係止されているだけであるから、カバー部は係止部43を支点として動揺し得るところとなり、その結果、カバー部長平方向の周囲と胴部とのいわゆる摺動面が離間して、この摺動面に「開口部周囲の胴部とカバー部との間隙」が形成される。

〈3〉 審決は、本件考案は、甲第2号証及び甲第5号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと判断するが、誤りである。

審決は、前記〈1〉、〈2〉の誤った判断を前提とするものであり、上記容易推考との判断は当然誤りとなる。

(3)  要旨変更の点についての被告の主張に対する認否及び反論

〈1〉 後記請求の原因に対する認否及び反論並びに主張2(3)は争う。

〈2〉 前記(2)〈2〉で述べたとおり、本件考案における空気流入部が自明の事項であり、本件考案の考案たる所以はカバー部の取付け方法を「着脱自在」としたことにあり、かかる取付け方法は本件当初明細書に記載されているものであるから、「開口部周囲の胴部とカバー部との間隙」という構成は本件当初明細書に記載されていたと認められるものであって、「開口部周囲の胴部とカバー部との間隙」についての補正は、要旨変更ではない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論並びに被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

審決の認定、判断は、要旨変更の点についての判断は誤りであるが、その余は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論及び主張

(1)  取消事由1について

後記(2)で述べるとおり、甲第2号証に記載された考案では、開口部に取り付けられている開閉自在の蓋1B”との間に必然的に形成される空気流入部から空気が流入するから、甲第2号証に記載された考案の仕切板及び側板に群設された多数の小孔は空気流入部であるだけでなく燃焼ガスの流出部であると解することはできない.

(2)  取消事由2について

〈1〉 相違点ハについての判断について

甲第2号証明細書には、「・・・ローソクや線香の周囲、前後左右面でかこまれているから風が吹いてもこれにより、しゃ断され・・・」(2欄26行ないし28行)と記載されているだけであり、開閉自在の蓋1B”は、前後左右面の透明板とともに、燃焼室への空気の流入を遮断しようとしている旨の記載も示唆もない。

また、意識的に間隙を設けなくても、甲第2号証に記載された考案のような霊園灯の場合は、技術常識からして厳密な寸法精度を要求されるものではないので、甲第2号証に記載された考案の開口部1B’と開口部に取り付けられている開閉自在の蓋1B”との間には、空気流入部が必然的に形成される。

したがって、「甲第2号証に記載のものも開口部周囲の胴部と開口部に設けた開閉自在のカバー部との間に空気流入部がある」との審決の判断に誤りはない。

〈2〉 相違点ロについての判断について

原告は、本件考案の目的は、(a)ローソクを吹き消す風の侵入を防止するのと同時に、(b)墓前用灯籠内のローソクを効率的に燃焼させることであると主張するが、本件考案の目的は、「笠部の通気孔部とカバー部と開口部との間の送気手段や線香の着火孔等によるドラフト効果で、ローソクや直射日光の熱をスムーズに系外に排出することにより、ローソク立てが熱を帯びることなく、火傷等の虞れのない、また完全燃焼してススが付かず見栄えのよい極めて耐久性に優れ、雨や風に影響されることなくローソクを灯すことのできる優れた墓前用石造ローソク立てを提供すること」(甲第11号証3欄36行ないし44行)にある。

本件考案がカバー部を設けたのは、風が吹いたり、雨が降ってもローソクの火が消えることがないようにするためであり、カバー部と胴部の間に間隙を形成するためではない(甲第11号証5欄35行ないし37行、8欄14行ないし16行)。

原告は、本件考案においては、カバー部の取付け方法を着脱自在とすることで開口部周囲の胴部とカバー部との間で間隙を形成すると主張する。しかし、「カバー部の取付け方法が着脱自在であること」と「胴部とカバー部との間で間隙を形成すること」との間には何ら関係がない。

また、原告は、本件明細書(甲第11号証)中の実施例の記載を援用し、開口部はカバー部でハング・オーバー状態で覆われている等と主張する。しかしながら、本件考案の要旨は実用新案登録請求の範囲に記載されたものであって、本件考案の要旨に基づかない主張は失当である。

〈3〉 以上のとおり、審決の判断の前提に誤りはないから、本件考案は甲第2号証及び甲第5号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるとの審決の判断にも誤りはない。

(3)  要旨変更の点について

審決は、請求人(被告)の「開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される空気導入部」との補正は要旨変更であるとの主張に対し、この構成は本件当初明細書に記載されていたものであると判断しているが、この点の補正は、本来本件当初明細書の要旨を変更するものである。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件考案の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(3)(甲第2号証及び甲第5号証の記載事項の認定)、同(4)(一致点及び相違点の認定)のうち、甲第2号証に記載された考案の「仕切板」と「側板」と「天板」は、本件考案の「笠部」に相当すること、及び、両者は、「通気孔部を有する笠部」の点で一致することを除く事実、同(5)(相違点についての判断)のうち、〈1〉(相違点イについての判断)及び〈4〉(相違点ニについての判断)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

〈1〉  相違点ハについての判断

前記1(審決の理由の要点(5)〈3〉)に説示のとおり、「技術常識からして、一般にこのような墓前用ローソク立ては、厳密な寸法精度が要求されるものではな」い。しかしながら、厳密な寸法精度が要求されるものではないということは、甲第2号証に記載されたものの開口部1B’と開閉自在の蓋1B”との間には、間隙がほとんどないものから、かなり大きな間隙があるものまで、種々のばらつきのあるものが製造されるということを意味すると考えられる。さらに、前記1(審決の理由の要点(5)〈3〉)に説示のとおり、「甲第2号証には開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される空気流入部について、直接の記載はな」く、甲第2号証によれば、甲第2号証明細書には、「ローソクや線香は上記仕切板、側板などが小孔を通じて外気と連通しているから正常な状態でもえると共に香りは外気へ流れる。」(2欄21行ないし24行)と記載されていることが認められ、これらによれば、甲第2号証に記載された考案は、ローソクや線香が燃焼するために流入すべき空気は、上記仕切板、側板の小孔を通じて流入するものだけで足りると考えていることが認められる。

被告が指摘する甲第2号証明細書中の「・・・ローソクや線香の周囲、前後左右面でかこまれているから風が吹いてもこれにより、しゃ断され・・・」(2欄26行ないし28行)との記載も、燃焼室への空気の流入を遮断しようとしていることまで意味していないものと解すべき根拠となるとは認められない。

したがって、甲第2号証に記載された考案においては、常に「間隙で形成される空気流入部」が存在すると認めることはできず、「甲第2号証に記載のものも開口部周囲の胴部と開口部に設けた開閉自在のカバー部との間に空気の流入部があるものと認められる」との審決の判断は誤りであると認められる。

〈2〉  相違点ロについての判断

審決は、「カバー部を開口部に対して着脱自在とするか、開閉自在とするかは、開口部の閉鎖部材の取付方法として何れもごく普通に行われる方法であり、この点は単なる設計変更にすぎず、本件考案のようにカバー部を着脱自在とすることは、当業者であれば適宜なし得ることと認める。」と判断するが、この判断に誤りはないと認められる。原告は、本件考案は、(a)ローソクを吹き消す風の侵入を防止するのと同時に、(b)墓前用灯籠内のローソクを効率的に燃焼させるという相互に対立する関係にある2つの目的を開口部を覆うカバー部の取付け方法を「着脱自在」とすることにより一挙に解決したものである旨主張する。

しかしながら、カバー部を開口部に対して「着脱自在」に設けることが、開口部周囲の胴部とカバー部との間に間隙を形成することになると解すべき根拠はない。

すなわち、原告は、開口部はカバー部でハング・オーバー状態で覆われる旨主張するが、その意味が必ずしも明確でないのみならず、それ自体、開口部周囲の胴部とカバー部との間に間隙が形成されることになる根拠とは解し得ない。さらに、原告は、「カバー部は係止部43に係止されているだけであるから、カバー部は係止部43を支点として動揺し得るところとなり」と主張するが、甲第11号証によれば、「45は開口部41の下部の胴部に形成されたカバー部の下部に係止するカバー係止具用孔部、・・・47はカバー係止具用孔部45に装着される筒部と該筒部の表面に一体に形成された彎曲状の平板部とからなる合成樹脂製のカバー係止具」(6欄13行ないし19行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、カバー部は、開口部の下部の胴部に密着固定されると見ることが可能であり、カバー部が必ず係止部43を支点として動揺し得るものと解することはできない。

したがって、原告主張の取消事由2〈2〉は理由がない。

(2)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

前記1(審決の理由の要点(3)〈1〉)に説示のとおり、甲第2号証に記載された考案においては、「上記仕切板と天板における上記ローソク支持台の直上位置には、外部に連通する筒体を連通せしめ」、「上記仕切板、側板などが小孔を通じて外気と連通している」ものである。そして、「ローソクや線香は上記仕切板、側板などが小孔を通じて外気と連通しているから正常な状態でもえると共に香りは外気へ流れる。」ものであるから、開口部1B’と蓋1B”との間に間隙が形成されない場合には、上記筒体や小孔は、空気流入部としても、燃焼ガスの流出部としても機能していると認められる。

これに対し、本件考案における「通気孔部を略中央部に有する笠部」は、「前記開口部周囲の胴部と前記カバー部との間隙で形成される空気流入部」を有するため、燃焼ガスの流出部として機能するものと認められる。

しかし、燃焼ガスの流出部の点に関する限り、甲第2号証に記載された考案における「仕切板」と「側板」と「天板」(これらは、上記筒体と小孔を有する意味で用いられていると解する。)は、本件考案における「笠部」に相当するものであり、空気の流入部の点については、審決は、相違点ハとして、「本件考案は、開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される空気流入部を備えたのに対して、甲第2号証には、このような空気流入部に関しては何ら記載されていない点」を取り上げているから、甲第2号証に記載された考案の「仕切板」と「側板」と「天板」は、本件考案における「笠部」に相当するとの審決の認定に誤りはないと認められる。

したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(3)  なお、審決は、請求人の主張〈1〉(要旨変更及び甲第7号証による公知公用の点)について、相違点ハについて甲第2号証に関して述べたことがそのまま本件考案にもあてはまるので、前記構成は本件当初明細書に記載されていたものと認められる旨判断する。

しかしながら、本件当初明細書(甲第8号証)には、ローソクに関し、強風に対しては「防風カバー」を取り付けることにより灯が消えないようにする記載はあるが、ローソク自体がどのように燃えるかについては、「ローソクの強い熱も、上方に排熱して内部に熱をもたせづ」(6頁10行、11行)と記載されているだけで、燃焼のための空気がどこから流入するかについては、全く記載がなく、その点を示唆する記載もないと認められる。

これに対し、甲第20号証によれば、原告は、平成5年2月8日付け手続補正書(甲第20号証)により、実用新案登録請求の範囲に「前記開口部周囲の胴部と前記カバー部との間隙で形成される空気流入部と、」との記載を加え、考案の詳細な説明に、「空気流入部は開口部周囲の胴部とカバー部との間隙で形成される。空気流入部からの空気の供給は、ローソクの炎の上昇気流を助けドラフト効果によりローソクの完全燃焼化を助長することができる。」(2頁11行ないし15行)等の記載を加えたことが認められる。そうすると、平成5年2月8日付け手続補正書(甲第20号証)による、実用新案登録請求の範囲に「前記開口部周囲の胴部と前記カバー部との間隙で形成される空気流入部と、」との記載を加える等の手続補正は、本件当初明細書の要旨を変更するものとの蓋然性が高い。

(4)  以上によれば、審決の相違点ハについての判断は誤りであるところ、この判断の誤りが審決の結論に影響することは明らかであるから、原告主張の取消事由2〈1〉は理由がある。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面

〈省略〉

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